「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?
- はじめに
- 「話せばわかる」はもしかしたら「幻想」かもしれない
- 「話してもわからない」「言っても伝わらない」とき、いったい何が起きているのか?
- 「言えば→伝わる」「言われれば→理解できる」を実現するには?
- 「伝わらない」「わかり合えない」を超えるコミュニケーションの取り方
- コミュニケーションを通してビジネスの熟達者になるために
はじめに
認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策
間違っているのは「言い方」ではなく「心の読み方」
「話せばわかる」はもしかしたら「幻想」かもしれない
「人と人は、話せばわかり合える」ものなのか?
何かが伝わらない場合、問題は本当に説明の仕方や表現の仕方にあるのか?それを改善したら伝わるのか?
人間は相手の話した内容を生でインプットするわけではなく、取捨選択や解釈が挟まる。
表現する側も、意図のすべてをそのまま表現するわけにはいかないので、取捨選択が挟まる。
「話せばわかる」とはどういうことか?
スキーマ: 経験、学び、環境、興味、関心などによって形成される知識や思考の枠組み
このスキーマが互いにまったく同じである、ということはありえないと考えてよい。
聞き手のスキーマは話し手側からはどうすることもできず、言い方をどう工夫してもそれは乗り越えられない。
逆に、聞き手の立場で「わかった」と思ったとしても、それは自分のスキーマを通して理解したのであって、それが本当に相手の意図していた内容と一致しているのかどうかは確かめようがない。
「話せばわかる」の試練 記憶力の問題
話し手側は、話すぐらいなので、話の内容を重要と考えているが、受け手はそうとは限らない。
言った側は覚えている、言われた側は忘れている、が起こる原因。
逆に、ハラスメントは言った側は忘れている、言われた側は覚えている、が起こる。
人の記憶はどこまで「曖昧」なものなのか
たとえ嘘をつくつもりがなくても、誰かの発言や自分の願望、感情、そして自分のスキーマによって、記憶は影響を受け、あなたにとっての「真実」がいつのまにか作り上げられてしまう。
特に、断言するような調子の主張をされると自分の記憶に影響を及ぼされがち。
生成 AI もそうで、もっともらしいことをもっともらしい文体で断言してくる。
「相手にわかってもらえる」を実現する方法を考えよう
「話してもわからない」「言っても伝わらない」とき、いったい何が起きているのか?
「言えば伝わる」「話せばわかる」を裏側から考える
言っても伝わらないを生み出すもの1 「理解」についての 2 つの勘違い
- 記憶の出し入れをする能力が高い人は理解力も高い
これらは別物である。ただし、理解を通して記憶を定着させやすくするということはある。
知らない言語の詩と母語の詩のどちらを暗記しやすいかと言ったら、当然後者で、これは理解できるから記憶もしやすい、と考えることができる。
- 記憶違いは理解不足により起こる
むしろ、生のまま記憶するのではなく理解を通して記憶しようとしたために、理解の方にひっぱられて記憶が真実と異なるものになってしまうこともある。
『100万回生きたねこ』というタイトルをそのまま記憶するのではなく生死に関するタイトルであったと理解して覚えたために『100万回死んだねこ』というタイトルの覚え間違いを引き起こすこともある。
言っても伝わらないを生み出すもの2 「まんべんなく公平に見渡す」ことはできない、視点の偏り
視野に入っていても、見ているとは限らない。文字を眺めているだけで読んでいるわけではない、みたいな状況は起こり得る。
探し物の色や形が想像しているものと違っていると、視野に入っているのにみつけられない、ということもある。
逆に、自分にあう情報を過剰一般化してしまう代表性バイアス・確証バイアスのようなものもある。視点はどうしても偏る。
言っても伝わらないを生み出すもの3 「専門性」が視野を歪ませる
同じ感染症パンデミックに対する意見でも、公衆衛生の専門家と経済の専門家では、消費活動の弛緩に対して意見が逆になることも珍しくない。
専門家であるということは、スキーマが偏っているということであり、その専門分野の情報だけがより鮮明に見えるため、判断にも偏りが生じる。
が、偏りなくまんべんなく公平に見ることは不可能と考えた方がよい。多面的に偏ったり、様々な方面に偏った人間が集まって考えることで広い視点を獲得できる。
意見の衝突が起きた場合、視点の偏りを意識し、どういった視点から言っているのかを各々確認し、各々の懸念を解消していくのがよい。
言っても伝わらないを生み出すもの4 人間は「記憶マシーン」にはなれない
人間の記憶容量は 1 GB 程度。重要な部分のみ記憶すべく、非本質な情報はどんどん忘れ去られていく。
言っても伝わらないを生み出すもの5 言葉が、感情が、記憶をどんどん書き換えていく
あるビデオを見せた後に以下の質問をする実験
- Did you see a broken headlight? (壊れたヘッドライトを見たか?)
- Did you see the broken headlight? (壊れたヘッドライトがあっただろう?)
後者の方が yes と答える割合が高くなった。
明言されていなくても、言葉選びの微妙なニュアンスでさえ人間の記憶は影響を受けてしまう。
記憶は想起する回数が多ければ多いほど定着率は上がるが、想起のたびに正しく想起できているとは限らない。他者との会話の中で間違った記憶が刷り込まれてしまうこともある。
言っても伝わらないを生み出すもの6 「認知バイアス」で思考が止まる
何かの判断をするときに、合理性というよりは自分が持つ「神聖な価値観」によって決定が行われる。理由は後付け。
「神聖な価値観」によって物事を極度に単純化することによって(ほとんどの人にとって無自覚に)判断を単純化している。
いわゆる信念バイアス。
様々な思い込みと認知バイアス
知識の錯誤: 多くの人は自分の中にある知識と外にある知識の区別がつかない。本を読んで得た知識、聞きかじった知識、等は、自分自身の知識ではないが、他者と会話する上でそれらは自分の知識として出してしまうことがある。
相関と因果は異なる。家庭の蔵書数が多い -> 子供の学力が高い、は相関関係にあれどもすなわち因果関係か、と言われると微妙で、家の蔵書数の裏には親の学歴・収入・文化的資本などが関わっていると考えられる。
「気が利く」はおおむね肯定的な評価ではあるが、自分にとって好ましいから「気が利く」、好ましくないから「気が利かない」という、主観のみによった評価を下している、とも考えられる。何かされたことが自分にとって好ましければ「気が利く」、気に食わなければ「差し出がましい」「余計なことを」と切り捨てるのはよいコミュニケーションとは言えない。
相対主義の罠: みんな違ってみんないい、は思考停止になってしまうし、独裁者や戦争の肯定にもなりかねない。違う中で良い悪い、合理的不合理を判断する姿勢を持つべき。
全面的に支持する、あるいは全面的に反対する、という二値で考えるのは避ける。総論賛成各論反対の意見なども可視化するよう心掛ける。
流暢性バイアス: スムーズである様を見て上手である、と錯誤すること。説明でも同様のことが起き、流暢に説明されるとその内容を信じやすくなる。
「言えば→伝わる」「言われれば→理解できる」を実現するには?
ビジネスの現場に、日常生活に認知科学をどう落とし込むか
「相手の立場」で考える
ビジネスで「相手の立場に立つ」ための「心の理論」
「確認してください」は便利だがファジーな依頼の仕方になる。本来は自分で判断して進めるべきことを上司に確認を求めることで責任を回避しようとしていないか、を、依頼する側もされる側も意識する。
ビジネスで「相手の立場に立つ」ための「メタ認知」
ファスト思考・スロー思考: ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』で出てくる概念。ファスト思考による判断はおおむね正しいが誤ることもある。これをスロー思考によってチェックする必要があるが、自分の出した結論を再度検証する、というメタ認知ができていないとスロー思考を働かせたチェックができない、あるいはやろうと思えない。「仕事が雑」「配慮が足りない」という評価を受けてしまう場合、実はそれは雑とか配慮とかそういう問題ではなく、認知能力の問題の可能性がある。
「相手の立場」に立てる人のコミュニケーション
各々異なるスキーマを持っている、という話が先にあったが、専門家の間では専門用語は問題なく通じる。これは専門家の間でスキーマの部分的な共有がされているから。
逆に言うと、スキーマを共有していない範囲の人に読んでもらう場合、専門用語も一つひとつ相手のスキーマに合わせて説明を加えながらコミュニケーションを取る必要がある。
報連相が適切に機能していない、あるいは完全に機能していない場合、報連相を求められている側が、なぜ報連相を求められているか、をわかってない場合がある。
「感情」に気を配る
コンピュータに 2 択を選ばせる場合、なんらかの評価値の計算を行って決めるわけだが、その計算結果がまったく等しかった場合、コンピュータのみでは決めることができない。人間はここに感情やバイアスという係数をかけて結論を出すことができる。感情やバイアスは一見不合理だが、このように決定不可能な状況を重みづけによって進めていくことができる。例えば、人は何かの決定で迷ったときに、最初に注視した選択肢を決定しがちであるが、最初に注視する選択肢とはたいてい本人の好みによるものであり、すなわち広義の感情によるもの。
理由を述べると納得度が上がる。コピー機の割り込みの実験:
- Excuse me, I have 5 pages. May I use the xerox machine?
- Excuse me, I have 5 pages. May I use the xerox machine, because I have to make copies?
- Excuse me, I have 5 pages. May I use the xerox machine, because I’m in a rush?
割り込みの成功率は上から順に 60 %、93 %、94 % となった。真ん中は because 以下はほぼ何も言ってないも同然なのに 1 と比べて成功率が跳ね上がっている。報連相をさせる話の際も上がったが、理由を伝えることが人を動かすことにつながる。
感情を味方につけるコミュニケーションのコツ
- 理由を伝える
- 相手の感情に寄り添う
- 悩みを共有する
- 感情をぶつけない
「勘違い」「伝達ミス」を防ぐ
良い説明は具体と抽象をうまく行き来する。三角形を「同一直線上にない 3 点とそれらを結んでできる 3 つの線分からなる図形」と抽象的に説明して終わるのではなく、具体的に図形を描いて見せた方が聞き手が理解しやすくなる。ただ、具体例に終始するのでもなく、抽象的には三角形は無数にあって、示した具体例はあくまで一例でしかないことをちゃんと捕捉して抽象性を失わないよう配慮する。
※ semantic wave の話とほぼ一緒
具体と抽象のよくあるエラー
- 特長的な代表例を全体だと思い込む
- 代表性バイアス
- 異なる 2 つの現場で “A” という呼ばれかたをしていたものが、具体的には別の者を指しているが、それに気づかずミスを犯す、など。
- 本当は別のグループに入るものを同じグループだと思い込む
- 具体と抽象がそもそも紐づかない
- 抽象に触れたとき、要するに具体的にはこういうこと、と、具体に降ろす力がない、ぐらいの意味。
「説明が抽象的だ」は「わかりづらい」と共起するが、そもそも説明というものは「言葉」という抽象的なものを扱っているという点でどだい抽象的である。
「伝わる説明」を、具体と抽象から考える
説明をしているときに、具体と抽象の両方が含まれていることを確認する。同時に、今話しているのはどっちのことなのかを明確にする。具体例を出すときには、偏った具体例は出さないようにする。
座学のみだと抽象に偏りがちであり、現場で求められるのは具体であったりするのだが、その間を OJT という仕組みで埋めることができる。具体を見てそこから技を盗んで抽象化する、というプロセスを踏む方が、座学のみで学ぶよりもよく理解できる。
「意図」を読む
相手がどういう視点でどういうスキーマを以て状況を捉え、状況に対してどういう感情を持っているかを推論することによって意図を読む。
意図を読むことと忖度することは別: 前者は全体最適のために気持ちを汲み取ること、後者は気持ちを汲み取ること自体が目的化。
cf. 宇佐八幡宮神託事件: 和気清麻呂は称徳天皇の意図を汲み取った上で反対した
「伝わらない」「わかり合えない」を超えるコミュニケーションの取り方
「いいコミュニケーション」とは何か?
国際認知学会の例
- 意見が活発に出ること
- 互いによく話を聞くこと
- 誰か声の大きい人や押しの強い人が勝つわけではないこと
- 揚げ足取りではなく前向きにとらえ、いいところは認めて落とし穴や足りないところを見ていくこと
- 追随しないこと
- 険悪にならないこと
- 建設的にいい落としどころに持っていくこと
「コミュニケーションの達人」の特徴1 達人は失敗を成長の糧にしている
ファスト思考・スロー思考に触れたときに述べた通り、自分の思考を顧みることができないのは決して性格面の問題であるとは限らない。メタ認知の能力の問題かもしれない。
有効な反省にもメタ認知は必要で、自分のやったことが失敗であったと気づくことがまず最低条件であり、かつそこから何がまずかったのかをスロー思考でチェックすることが必要。
「コミュニケーションの達人」の特徴2 説明の手間を惜しまない
スキーマの違いを受け入れて、スキーマが違っても伝わるように伝える。暗黙の了解に頼り過ぎない。
「コミュニケーションの達人」の特徴3 コントロールしようと思わない
- 関係性
- 自分からの自己開示により話題のハードルを下げる
- なんとはなしに話を振って、相手が話したがる話題を見つけ、相手のことを知る
- 相手の成長を意識する
- 相手がどう成長したいのか、どのようなことを大切にしているのかを考える
「コミュニケーションの達人」の特徴4 「聞く耳」をいつも持つ
嫌な報告でもちゃんと聞く。ただ、声調や顔色にどうしても嫌だという感情が出てしまうこともある。そうした負のフィードバックが報告する側に伝わってしまうと報告を上げづらくなる。嫌な報告に対してあえて褒める・感謝する等で正のフィードバックを行うことで補う。
コミュニケーションを通してビジネスの熟達者になるために
ビジネスの熟達者とコミュニケーション
ビジネスの熟達者になるための「直観」
ハドソン川の奇跡の話: 直観が綿密なシミュレーションに勝ることもあるよねって話
本来ファスト思考は精度が低いが、スロー思考によるチェックや鍛錬を重ねるうちにファスト思考の質が上がる。
生成 AI: 大局観や優れた直観があるわけではなく、所詮はマルコフ連鎖によるものなので、これに触れても直観を磨くことには繋がらない。知識へのアクセスのショートカットに使うぐらい。